子供と真剣に向き合うことは必要だ

きっかけは犬を飼うかどうかだったけど
子供と真剣に向き合って話すことについて書いてます。
37歳の父と5歳の息子との真剣勝負。

子供の年齢が小さいとか大きいとか関係なく
真剣に向き合うことは必要だ。

5歳児と真剣に話し合う。

5歳児と真剣に向き合う。

自分が5歳児の時に
親と真剣に話した記憶なんてない。

いや、そんなこと自体されたことはない。

でも、俺はやっている。

年齢なんて関係ない。

そこには、本気の想いのぶつけ合いがあるだけ。

今日だってそうだ。

ことの発端は犬を飼うかどうか。

俺は犬を飼ったことがないから
犬は飼ってみたかった。

うちの奥さんは実家で飼っていたことがある。

息子は友人の家に行ったときに飼われていた犬を見て
飼いたいと言い始めた。

そして今、トライアルという形で犬を飼っている。
預かっているといった方がニュアンスは近いかもしれない。

ここで、事件が起こる。

散歩やフンの始末なんかは9割俺がやっている。

息子も散歩を手伝ってくれるが
俺からしたら、
犬を散歩してるのか息子を散歩してるのか
どっちかわかんなくなる。

むしろ、犬の方が言うことを聞いてくれる。

そんな状況が続き
めんどくさくなってきた。

動物を飼うということは
その動物の一生を見ること。

ただかわいいからとか
癒されるからだけでは済まない部分がある。

飼うからには、覚悟を決めなければいけないと思う。

息子は力強く言う

「さんぽもつれてく」

「じぶんのことはじぶんでする」

しかし、実際はどうだろう。

散歩行くぞって誘っても

「とーちゃんいってきてー」

日常生活の着替え、歯磨き、片づけ、食事、お風呂
「着替えてねー」
「歯磨きしようね」
「片づけよう」
「ご飯の時間よ」
「お風呂入ろう」
と言っても

「やだ」「いかない」「やらなーい」

の返事ばかり。

自分のこともできないで
犬を飼うなんてできるはずがない。

それが僕の考えだ。

確かに、トライアルをする前と比べたら
少しはできるようになった。
成長したことは認める。

でも、それだけでよいのだろうか。

親として、子供への期待値が高すぎるのかもしれない。

だからと言って、その期待値を下げればよいのかというと
それでよいとは言えない自分がいる。

「犬がいると、癒される」
妻の気持ちもわかる。

でも、その癒しを得るために
散歩のたびに自由に動き回る息子にイライラしていたのでは
元も子もないと思う。

「いなくなるとさびしい」
息子も気持ちもわかる。

ただ、その感情だけで飼うのはちがう。

このことを、5歳児に話している自分がいるのです。

真剣に、感情的にならないようにはあまり意識せず
ただただ父の本音を話す。

5歳児にだよ。

絶対うちの親は5歳の時の俺に
こんなことしなかったと思うよ。

でもさ、これは大事なことだと思うの。

親だって、真剣に子供と向き合う時間が必要だって。

子供の年齢が小さいとか大きいとか関係なく
真剣に向き合うことは必要だよ。

自分の思いだけ話すのではだめで
子供の思いも聴くことが大切。

その時は否定せず、受けとめることが大事。

うちの父親がやらずに
僕がやっていることがこれ。

うちの父親
「俺が言ってること間違ってるか?」
としか言わないし
何か言っても全部否定して返してきやがった。

そんな親だから、話したくもなくなった。

だから、そうならないために
否定より受けとめることを意識してる。

今まで受けとめられたことがなかった人からしたら
こんな嬉しいことってないからね。

そんなこんなでトライアルはまだ続く

よしべーの魔法の質問

真剣に子供と向き合ってますか?

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